星 の て が み

わたしの好きな場所

常岡 稔
 

私の家ではオスの文鳥を一羽飼っている。名前はクロ、年齢は7歳、体重は25グラム、 桜文鳥である。
当初はメスの白文鳥、名前はシロ、と一緒に飼っていたが1年前に死んでしまい、いまは一羽だけ。
放し飼いのクロは自由に部屋から部屋へ飛びまわっている。
仲良しの番だったから、シロが死んだあとしばらくは毎朝シロを探し回り、シロを呼ぶ歌を歌い、
そのあとシロの写真のそばに寄り添い、一日中じっとしていた。

そのうちにクロは家族の一員であると自覚したのか、かつてシロを追いかけまわしていたように私の妻を、
妻がいないときは私を追いかけまわすようになった。
ベランダにスズメやメジロが遊びに来るが、クロは関心を示さず、来客があるとしばらく様子を見て
気が合う客だとわかれば肩に止まったりする。
クロは5種類ぐらいの鳴き声と嘴を使って会話ができる。嘴で私の右手の指をつつくときはその掌のなかで寝たい、
肩に乗り唇をつつくときは口移しでごはんを食べたい、朝まだ寝ている妻の瞼をつつくときはもう朝だから起きて、
眼鏡をつつくときは眠たいから鳥かごに入れて、という意味である。

鳴き声にもそれぞれの意味がある。半日ほど留守をすると、玄関の前の止まり木で待っていて、
玄関ドアの鍵を開ける音がするとピッと鳴く。
一日留守をすると機嫌が悪く、呼んでも知らん顔をして、こちらから迎えにいかないと指や肩に止まらない。
一日留守をした翌日はべたべた甘えて、終日離れようとしない。
そのようなクロにも頑固にこだわる自分の好きな場所がある。ひとりだけになりたいときには、私の書斎の本棚の
小松左京やスタニワフ・レムのSFが並ぶ8段目の本とその上の棚板との隙間に入る。
私たちの目線より高く、奥まで入ると見えなくなるが、普段は隙間から少しだけ顔をのぞかせる。
私たちが近づくと、そっとしておいてほしいという眼つきをして、そのうち瞑想にはいる。私たちの自由時間である。
だれかと一緒にいたいときには 私もしくは妻のパソコンのキーボードの上に止まり、
仕事の邪魔になってもかまわず眠ってしまう。
仕事にならないから席を立とうとすると、ピッピーと鳴き、つまり行かないでそこにいてという。
仕方がないから何もしないでパソコンの前に座っていることになる。私もしくは妻の拘束時間である。
拘束されたほうはコーヒーを持ってきてほしいとか、新聞を持ってきてほしいとか、
拘束されなかったほうにいろいろ指示をする。

私にも自分の好きな場所がある。故郷の長崎では崇福寺の石畳の中庭、大徳寺大楠の日陰など。
福岡の住まいの近くでは香椎宮の参道、ネクサスワールドのスチーブン・ホール棟の2階外廊下など。

わたしはこれまでいくつかの建築を設計してきたが、ひとつの建築に一か所だけはだれかに、
わたしの好きな場所、と言われるような建築をつくりたいと願ってきた。

ひとりになりたいときの場所…。 だれかと一緒にいたいときの場所…。

そのような場所を設計したいと思い続けてきょうに至った。
  
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プロフィール

1943年長崎市生まれ。 
高校卒業まで長崎で育つ。 

1969年九州大学建築学科大学院を卒業後 
(株)日本設計に入社。 
その後、九州支社長、九州代表などを歴任。 

2008年(株)日本設計を退社。
現在、TM環境・建築研究所代表、 
九州産業大学大学院非常勤講師、
長崎総合科学大学非常勤講師。 
代表作は目黒区美術館、マリンメッセ福岡、 
博多座、リバーウォーク北九州など。

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